大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)783号 判決

主文

原判決及び第一審判決中被告人近藤三郎に関する部分を破棄する。

被告人近藤三郎は無罪。

被告人上村満弘、同宮下賢造の本件各上告を棄却する。

理由

弁護人飯田孝朗の上告趣意第一、一及び二、(一)について

所論は、刑法一七五条の規定は憲法二一条に違反する旨、並びに、本件猥せつ図画の販売及び販売目的の所持に刑法一七五条の規定を適用したのは憲法三一条に違反する旨主張するが、これらは、いずれも控訴趣意書において主張することがなく原審も判断していない事項に関するものであるから、適法な上告理由にあたらない。

同第一、二、(二)について

所論は、第一審判決には、被告人近藤三郎、同宮下賢造に関する犯罪事実の摘示を欠いているのにかかわらず、原判決がこれを破棄しなかつたのは憲法三一条に違反する旨主張するが、原判決がいうとおり、第一審判決には、措辞適切を欠く点はあるが、右両被告人に関する犯罪事実が示されていると認めることができるから、所論は前提を欠き適法な上告理由にあたらない。

同第二について

所論は、判例違反をいうが、引用の判例は事案を異にし本件に適切でないから、所論は前提を欠き適法な上告理由にあたらない。

同第三、第四の一、二について

所論は、いずれも単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、所論第三にかんがみ、職権により調査すると、原判決が是認した第一審判決が認定判示した犯罪事実のうち、第二、三の要旨は、被告人上村満弘、同近藤が共謀のうえ、昭和四九年一一月初旬ころ東京都内の被告人近藤方において、販売の目的で、男女性交の場面や性器等を露骨に撮影した猥せつのカラー写真雑誌の写真原板三二枚を所持したというものである。そして、原審弁護人が、被告人両名においては右写真原板をアメリカで販売する目的で所持していたにすぎないから刑法一七五条後段の罪は成立しないと主張したのに対し、原判決は、「同条は猥せつの図画等をいやしくも販売の目的で所持する以上これを処罰する趣旨の規定で、国内で販売する目的の場合にだけ適用があると解すべきものではないうえ、被告人両名にとつては要するに高額の代金取得だけが目的であつたので、さしあたりアメリカでの販売を志向していたとはいえ、国内で販売する意図がまつたくなかつたとは断定しがたい」旨判示して、右主張を斥けている。

ところで、刑法一七五条の規定は、わが国における健全な性風俗を維持するため、日本国内において猥せつの文書、図画などが頒布、販売され、又は公然と陳列されることを禁じようとする趣旨に出たものであるから(このことは、刑法二条、三条の国外犯の処罰例中に同法一七五条が掲げられていないことから明らかである。)、同条後段にいう「販売の目的」とは日本国内において販売する目的をいうものであり、したがつて、猥せつの図画等を日本国内で所持していても日本国外で販売する目的であつたにすぎない場合には同条後段の罪は成立しないと解するのが相当である。これを本件について見ると、第一審判決挙示の証拠によれば、被告人上村は、昭和四八年九月ころ、スウエーデンのポルノ書籍販売業者から本件写真原板を買い受けたのち、東京都内の印刷業者に依頼し右写真原板を用いてカラー写真雑誌多数冊を製作させたうえ、これを日本国内で販売したり又は販売の目的で所持していたところ、昭和四九年二月中検挙され、右写真雑誌多数冊を押収され、取り調べられるにいたつたこと、そのようなことがあつて、同被告人においては、アメリカ商社の日本駐在員などをしアメリカに出張などしていた被告人近藤を介して、右写真原板をアメリカで売却しようと考え、同年一一月初旬ころ、同被告人に対し、右の趣旨を依頼してこれを預けたこと、被告人近藤においては、これを引き受けたのち、国際電話でアメリカの関係者数社に対し右の売却の交渉をしたりしていたことを認めることができるのである。以上の事実に照らすと、被告人上村が右写真原板を被告人近藤に委託した主な動機は、売却代金の取得にほかならなく、アメリカで売却するということ自体はその方便にすぎないとみられるのであるが、しかし、本件起訴の対象である前記日時における所持に際し、被告人上村及び同近藤が、日本国内で売却する目的をも合わせもつていたと断定することも困難なところであり、結局、被告人両名の右写真原板の所持について、日本国内で販売する目的があつたとの証明は十分でないといわなければならない。

そうすると、被告人両名の右所持について刑法一七五条後段の罪の成立を認めた第一審判決及びこれを維持した原判決には、事実の誤認又は法令の解釈適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすものと認められるところ、被告人上村の関係では、第一審判決の認定判示したその余の各犯行の態様及びその量刑などに照らし、原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないが、被告人近藤の関係では、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる(なお、第一審判決が右写真原板三二枚の没収について刑法一九条一項一号を適用した点も誤りといわなければならないが、右物件が同判示第一及び第二の一、二の各犯行の用に供されたものであることは明らかであつて、同項二号によつても没収することができる場合であるから、右適条の誤りは判決に影響を及ぼすべきものではないと認められる。)。

よつて、刑訴法四一一条一号、三号により、原判決及び第一審判決中被告人近藤三郎に関する部分はこれを破棄し、なおただちに判決することができるものと認め、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、被告人近藤が販売の目的で前記のとおり猥せつの図画を所持したとの公訴事実について、無罪の言渡をすべきである。被告人上村満弘、同宮下賢造については、同法四一四条、三九六条により本件各上告を棄却すべきである。

よつて、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

弁護人飯田孝朗の上告趣意

第一、憲法違反〈省略〉

第二、判例違反〈省略〉

第三、法令違反

原判決は、「刑法一七五条は猥せつの図画等をいやしくも販売の目的で所持する以上これを処罰する趣旨の規定で、国内で販売する目的の場合にだけ適用があると解すべきものではないうえ、被告人上村、同近藤にとつては要するに高額の代金取得だけが目的であつたので、さしあたりアメリカでの販売を志向していたとはいえ、国内で販売する意図がまつたくなかつたとは断定しがたいから、両名に同条にいわゆる販売の意思・目的がなかつたとはいえない。」と判示する。

しかし、これは、判決に影響を及ぼすべき重大な法令の解釈、適用の誤りであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

すなわち、刑法第一七五条のいう「販売」とは、日本国内において販売することを意味し、日本国外において販売することを含まない(刑法第一条ないし第四条の刑法の適用範囲に関する規定参照。とくに第三条第五号において、刑法第一七五条が除外されている。つまり、日本人が国外において、いわゆるわいせつ図画を販売しても、国外犯として、同法条の適用はなく、従つて販売罪は成立しない。)。

ところで、右罪となるべき事実にかかる事実関係は、被告人上村が被告人近藤に対して、問題のプライベートのネガ一組を、「国外(アメリカ)で販売する」目的で預けたため、それを同目的で所持していたことである。この「国外で販売する」目的の点は、被告人上村の警察、検察庁における供述調書でも当初から一貫しているし、被告人近藤についても同様であり、他にこれに反する証拠は全くない。従つて、第一審において証拠として提出した被告人近藤に対する勾留の取消決定においても、その旨認定されており、確定的な事実関係である(然るに、原判決は、国内で販売する意図がまつたくなかつたとは断定しがたい、といつているが、これは全く証拠に基づかないものであり、また立証責任がすべて検察官に負わされていることを忘れた立論である。すなわち、疑わしき被告人の利益に判断する、という刑事訴訟の根本原理に従えば、国内で販売する意図が、合理的な疑いを越えて、証拠により立証されたときはじめてそのような意図が認定されるのであり、「まつたくなかつたとは断定しがたい」場合は、その意図はないということになるのが道理である。それに、もともと、そのような意図があるとの証拠は皆無であり、単なる憶測にすぎない。)。

従つて、仮りに、被告人近藤が、所期の目的どおり右ネガをアメリカで販売したとしても(実際には、具体的な行動はなにもしていないが、わいせつ図画の販売罪は成立しないわけだから、その目的のため所持していたとしても、同所持罪が成立しないことは自明である。

よつて、右の事実に対して刑法第一七五条の適用を認めた原判決は、同法条の解釈・適用を誤つたものであり、これを破棄しなければ、著しく正義に反する。第四、事実誤認(一部法令違反を含む)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例